院長紹介

 
院長 中西秀一(なかにし しゅういち)
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 経歴
 昭和57年生まれ 都城市出身
 宮崎県立都城西高等学校卒業 野球部所属
 行岡整復専門学校卒業 柔道整復師
 ふじもと整形外科勤務 京都府 勤務
 中西整骨院 都城市内 勤務
 平成29年 やっさ接骨院開院

 

 所属団体

 (公社)宮崎県柔道整復師会

 日本柔道整復接骨医学

 

   【ご挨拶】

 柔道整復師の父の姿を見ながら、幼少期を過ごしました。

 学生時代は文武両道の学校に行きながら、野球に熱中しチームのエースピッチャーとしプレイするも、怪我が多く苦労する事も多かったです。そのような時に献身的に治療してくれた父の仕事に憧れや興味を持ち、同じ治療家の道を歩むことになりました。

 

 また高校時代の野球の練習中に過換気症候群を発症。当時は何が起こったのかよく分からず、自然と直ぐに治るも、それ以降大勢人が居る空間や密閉空間など息苦しくなり、また様々な体調不良が頻発するようになってしまいます。

 

 そして20歳の頃、大阪に資格を取得するために通っていた学校でパニック障害を発症。電車に乗ることや、公共の場など苦手となりました。当時は薬以外頼る物がなく、たまには軽快することもあったが、徐々に悪化していき勉学や研修に励む事が困難となりました。

 

 当時通っていた学校には研究熱心な同期が多く、有難いことにたくさんの徒手療法や鍼灸などの治療をしてくれて、少しずつ軽快していきました。

そんな中、当時はまだ馴染みがあまりなかった「オステオパシー」を勉強している友達が多く、治療の練習台になる事がよくあって、パニック障害の発作が全く起こらない位まで自然と軽快しました。

 

 当時は、薬も使わず何故軽快したのかよく分からなかったのですが、その時に言われたことが、「頭蓋が動いてない。」また「呼吸の辛さは尾骨が原因や。」など、とても理解し難いことを言われ、当時の自分にはよくわかりませんでした。

 

 しかし幼少期から頭部の外傷が多かったので、まさか外傷が原因で数々の体調不良が続いているとは信じられなかったのですが思い当たる事が多く、体に受ける様々な負荷と体の調子がこんなにも密接に繋がっていると言うことに対して身をもって体感しました。

 

 資格取得後は京都の整形外科に就職し、約5年様々な疾患や外傷の経験をさせて頂きましたが、自分の技術不足やなかなか治らない患者さんを目の前にして悔しい日々を過ごしました。

 

 そして結婚後、産前トラブルによって我が子が帝王切開で産まれたのをきっかけに、その時何も手当が出来なかった自分の無力感からオステオパシーを本格的に勉強することになりました。

 

 現在は国内オステオパシー スタディ グループに所属し、国内外のオステオパスの先生方に習い、一緒に研磨する日々を過ごしております。

 

 様々な体の不調は、本来は体に備わっている治癒力や調整力が、いろいろな外的内的要素の影響力を受けて、体の形やバランスを崩すことによって引き起こされます。

 治癒力を発揮し自分で体を調節できるように、影響力を無くし自立させてあげることが使命だと思っております。

  

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